20190512

調子のいい毎日が続くとこれが本当の自分の在り方であるような気がしてしまうけれど、実際のわたしは死にたがっていた10代の頃と地続きなわけで、30代が射程範囲に差し掛かったいまでも眠る前に朝が来なければいいのにと思ったりする。 

数年に一度会うか会わないかの間柄の友達と集まった。その中の1人の些細な一言でわたしは嫌な気持ちになり、ああそうだわたしは彼のこういうところが嫌いだったんだとしみじみと思い出した。本当はその場でじゃあねって帰りたかったけど、2軒目まで付き合った。どうしても笑顔になれないので降ってる雨を睨みつけていたら「そんなに雨がいや?」と笑われたけど、嫌なのはお前だよとは言わなかった。わたしは自分で自分をまともだと信じ切っている人間がどうしても好きになれない。 

忘れない方がいいことをどんどん忘れてしまう。嫌な目にあってもすぐに忘れてしまうから、また同じようなことを同じ人に繰り返される。忘れても無かったことになるわけじゃないのでどんどん嫌いになってるなんて相手は想像もつかないだろう。こうやっていくつかの関係を壊してきたけれど(またひとつ壊そうとしている)これ以外のやり方がわからない。実際にはもっと上手いやり方はいくらでもあるんだと思う。でもまぁそれで終わっても痛みの無い程度の人とも言えるのかもしれない。取るに足る人なんて本当は片手に収まる程しかいないから。 

うまくいかないとかつらいとかしんどいとか全部突き詰めて考えれば自尊心や自己愛の足りなさが原因で、「自分で自分を大切に出来ないと他人を大切にはできない」みたいな文句はあながち間違っていないんだろうなと思う。大切にするっていうのは機嫌をとるとか甘やかすとは違うということもなんとなくわかる。でも自分を大切にする理由がずっと見当たらないから結局同じ次元の悩みを繰り返し繰り返して歳をとっていくんだろうなって思ってる。 

他人にどう思われてもいいと思えるようになったつもりだったけど、「闇が深い」と「愛情が無い」は最近言われて結構傷ついた。闇が深くて愛情が無い人間って終わってるのでは?引きずっている。 

誰かのいいなりになってどうしようもない自分でいたい。神様を信じたり、虚像に心酔したり、薄情な男に騙されたりしたい。何かに心乱されている時ってきっと(薬物などを除いて)一番気持ちいいんじゃないかな。寂しいとか不安だとかを考える隙を一切与えない巨大な何かの襲来をずっと待ち望んでいるよ。